2026.07.16
なぜ日本は公営住宅でなく民間賃貸住宅に頼るのか――住宅セーフティネット法と不動産屋の役割
住宅は、多くの人にとって人生で一番高い買い物です。
賃貸住宅であっても、家賃は毎月の支出のかなりの部分を占めます。
ところが、この話はあくまで「どういう物件を買うか」「家賃はいくらまでにするか」といった、個人のライフスタイルの選択の話になりがちです。
そもそも、住む場所を確保しにくい人を社会はどう支えるのでしょうか。
住宅は市場で売買される商品なのか。
それとも医療や福祉やインフラのような、生活を支える社会保障なのか。
今回は、日本の住宅供給の歴史を振り返ったうえで、民間賃貸住宅と不動産屋の役割について考えてみます。
今回参考にした文献:
国立社会保障・人口問題研究所編『日本の居住保障――定量分析と国際比較から考える』(2021年、慶應義塾大学出版会)https://www.amazon.co.jp/dp/4766427440
国土交通省住宅局「令和5年住生活総合調査(確報集計)結果」(2025年)https://www.mlit.go.jp/statistics/details/content/001907398.pdf
1.戦後日本の住宅供給
戦後日本の住宅政策には「三本柱」がありました。
1950年の住宅金融公庫、1951年の公営住宅法、1955年の日本住宅公団です。
住宅金融公庫は長期・低利の融資によって持ち家取得を支えました。
公営住宅は低所得者へ住宅を供給しました。
日本住宅公団は都市部で団地やニュータウンを開発しました。
戦後は深刻な住宅不足でしたので、いずれの方向にせよ、家を大量に建てる必要があったわけです。
ただし、日本の住宅政策の中心にあったのは、ヨーロッパのように幅広い人へ公的賃貸住宅を供給することよりも、住宅ローンを通じて中間層を持ち家へ誘導することでした。
公営住宅は低所得者向け、公団住宅は都市勤労者向け、そして余裕ができた人は家を買う。
「持ち家を取得して一人前」という戦後日本の生活モデルを、住宅政策も後押ししていたわけです。
その後、1990年代以降になると、公的機関が住宅を直接供給するより、市場を整備し、民間住宅を活用する方向へ転換します。
住宅金融公庫は廃止され、公団の流れをくむ組織も住宅の大量供給から都市再生や既存住宅の管理へ役割を移しました。
一方、公営住宅は福祉的性格を強め、より困窮度の高い世帯へ対象を絞っていきます。
要するに、日本は「国が広く家を用意する」よりも、
「買える人は持ち家を買う」
「それが難しい人は民間賃貸住宅を借りる」
「すごく困窮している人を公営住宅で支える」
という三層の構造へと移行していったわけです。
2.公営住宅縮小の問題点
しかし、この仕組みには当然ながら穴があります。
まず格差社会になることで、一番上の層が縮小しています。
正社員として安定した収入を得られる人々の割合が下がり、非正規雇用で生計を立てなければならない人々が増加している現代です。当然、持ち家を取得できる層もどんどん少なくなってきています。
世界的にも1980年代生まれ(ミレニアル世代)以降は「賃貸世代generation rent」とも呼ばれ、氷河期世代以降の若者世代においては民間賃貸住宅の供給が重要になってきています。
実際たとえば、国土交通省住宅局の「住生活総合調査」によれば、住み替え意向のある人の中での賃貸住宅への住み替え意向が増大していっていることが分かります。
国土交通省住宅局「令和5年住生活総合調査(確報集計)結果」69ページより
つまり、民間賃貸住宅に頼る第二の層が拡大していっているわけですが、第二の層で支えきれない人たちもいます。
高齢者、障害者、低所得者、ひとり親、外国人などは、家賃を支払えるとしても、孤独死、家賃滞納、保証人、残置物などを心配され、民間賃貸住宅への入居を断られることがあります。
中には「家賃保証会社の審査が通ればOKです」という場合もありますが、家賃保証会社の審査も落ちてしまう可能性があります。
そうなってくると、第三の層である公営住宅が重要になってくるわけですが、日本の住宅政策においては公営住宅の戸数はどんどん縮小していっていますので、戸数が限られており、すぐ入れるわけでもありません。
特に都市部ではその倍率は5倍にも10倍にもなってきます。
すると、「家賃がまったく払えないわけではないが、市場では部屋を借りにくい」という、住宅確保に困窮するグレーゾーンの人たちが生まれてくるわけです。
この問題はまず、高齢者の問題として顕在化してきました。
相対的には「持ち家」世代である高齢者にも借家への志向があり、しかし高齢者の借家への住み替えには困難が伴うからです。
国土交通省住宅局「令和5年住生活総合調査(確報集計)結果」68ページより
この図に見られるように、たしかにそもそも高齢者は住み替え意向は小さい。高齢者になってから住み替えるのは大変ですからね。
とはいえ、少子高齢化が進行する現代においては、たとえ割合が低くててもその絶対量は無視できないでしょう。
さらに詳しく見てみましょう。
国土交通省住宅局「令和5年住生活総合調査(確報集計)結果」74ページより
このように、借家への住み替えを希望している人がどのような居住形態への住み替えを希望しているかも調査されています。
見てのとおり、高齢者は公営住宅や高齢者向けの住宅を希望する割合が明らかに高くなっています。
そのため、若者たちとは異なり、民間賃貸住宅の割合は高齢夫婦世帯では11.8%、高齢単独世帯では16.6%に留まっています。
しかし、先ほど述べたように、実際には公営住宅はどんどん縮小しています。
住み替えたい高齢者は民間賃貸住宅を探すことを余儀なくされてしまいます。
(なお、高齢者が民間賃貸住宅に住み替える理由としては、老朽化や階段利用の困難、死別などにより家が広くなりすぎて管理が困難になる、持ち家を子どもに残さずに現金化するある種の「終活」など、様々な理由があります)
ともあれ、民間賃貸住宅を志向する「第二の層」と、公営住宅を志向する「第三の層」との間の断絶が激しく、グレーゾーンでどちらにも包摂されない人たちが生じてしまうという政策的な問題があるわけです。
3.民間賃貸住宅を活用する「住宅セーフティネット法」へ
そこで「第二の層」、すなわち民間賃貸住宅の穴を埋める制度として位置づけられるのが、住宅セーフティネット法です。
2017年の改正では、高齢者や低所得者など「住宅確保要配慮者」の入居を拒まない民間賃貸住宅(セーフティネット登録住宅)の登録制度、居住支援法人、居住支援協議会などが整備されました。
つまり、新しい公営住宅を建てるのではなく、すでに存在する民間賃貸住宅を活用し、入居のハードルを下げようとしたわけです。
居住支援法人や居住支援協議会は「住宅確保要配慮者」に対し、一定の役割を果たしており、ShuJu不動産も2024年より京都府の居住支援法人に登録し、微力ながら活動しております。
しかし、住宅の「セーフティネット登録住宅」への登録は進んでいるものの、それが実際に住宅確保要配慮者への支援に繋がっているのかはまた別問題です。
特に、低家賃の物件や、単身世帯向けの物件があまりない、という状況が課題になっています。
2025年10月には、改正住宅セーフティネット法が施行されています。
新たに制定された「居住サポート住宅」では、「セーフティネット登録住宅」よりももう少しハードルが低く、大家さんと居住支援法人などが連携し、安否確認、訪問による見守り、生活や心身の状態が不安定になった際の福祉サービスへの接続を行うというしくみです。
入居者が亡くなった後の残置物処理や、家賃債務保証をめぐる仕組みも強化されました。
新たな制度によりどの程度の成果があがってくるのかは今後見守っていきたいところです。
いずれにせよ、住宅セーフティネット法により、全体として、住宅政策は福祉政策に近づいている、と見ることができるかもしれません。
しかし逆に言えば、日本では公的住宅そのものを大幅に増やすより、民間の空き家や空き室に支援を付け加えることで、住宅セーフティネットを作ろうとしているわけです。
住宅セーフティネット法は公営住宅の代わりというわけではありません。
公営住宅だけでは支えきれない人を民間賃貸住宅へつなぐ制度だと位置づけるのが妥当でしょう。
4.国際比較した際の日本の居住保障の強み・弱み
では、公営住宅を縮小させている日本の居住保障は国際的に見て遅れているのでしょうか。
これは、単純にそうとも言えません。
『日本の居住保障』に掲載されている国際比較を参照してみましょう。
まず、日本の住宅の過密率は8.2%で、EU平均の15.7%より低い。
深刻な住宅の剥奪を経験する人の割合も、日本は2.7%で、EU平均の4.0%を下回っています。
騒音、大気汚染、地域の犯罪などの住環境に関する指標も良好でした。
つまり、日本は「住宅を大量に供給し、一定の広さや設備を持つ家に、多くの人を住まわせる」という点ではかなり成功した国です。
空き家が社会問題になるほど、住宅そのものも存在しているわけです。
一方、日本の弱点は、その住宅へ誰がアクセスできるかです。
日本では、住宅費が可処分所得の40%を超える人の割合が19.3%にのぼります。
特に所得が最も低い層では、その割合は73.2%に達しています。また、民間賃貸住宅に住む人の住宅費過重負担率は35.5%で、EU平均よりも高くなっています。
たしかに平均だけを見ると、日本の住宅費負担はそれほど高く見えないこともあります。持ち家を取得し、住宅ローンを払い終えた高齢者が多いからです。
しかし、持ち家を持てない低所得者や若者、単身者の場合、民間賃貸住宅に住むことで住宅費の負担はかなり重くなりがちです。
その点、ヨーロッパの一部では、社会住宅や住宅手当が比較的幅広い層を支えていることは注目に値するでしょう。
日本では、公営住宅は狭き門で、一般的な住宅手当も十分に整備されていません。その代わりに、持ち家、家族、企業の社宅や住宅手当が居住を支えてきたわけです。
このしくみは、正社員として安定して働き、結婚して家を買う人には十分に機能してきました。
しかし、非正規雇用、単身高齢者、離婚した人、外国人など、それまでの標準的なモデルから外れる人は排除されています。
これらの人は現代において現代日本において増加しています。
多様な人を支える居住保障が求められているわけです。
5.不動産屋の役割
ということで、日本では民間賃貸住宅を仲介する不動産屋が重要になってきます。
2018年の住宅・土地統計調査によれば、公営住宅は約192万戸です。
その住宅総数に占める割合は3.6%。賃貸住宅の中で見ても10.1%です。
しかも公営住宅は老朽化が進んでおり、新規供給も減少しています。
その一方、民間賃貸住宅の大家は大企業ばかりではありません。
民間賃貸住宅の85%が個人所有であり、所有戸数50戸以下の家主が全体の86%を占めています(『日本の居住保障』39-40ページより)。
そうなると、「困っている人がいるのだから貸してください」と言うだけではうまくいきません。
大家さん側にも、
「家賃を滞納したらどうするのか」
「認知症になったらどうするのか」
「亡くなった後の荷物は誰が片付けるのか」
といった現実的な不安があることでしょう。
ここで不動産屋の役割が出てきます。
不動産屋は、物件情報を右から左へ流すだけの仕事ではありません。
入居希望者が無理なく住み続けられる家賃を考える。
保証会社や居住支援法人、行政、福祉事業者につなぐ。
大家さんには利用できる制度を説明し、漠然とした不安を具体的なリスク管理へ変えていく。
……そういった役割が求められます。
もちろん、不動産屋が福祉職になる必要はありません。
生活支援を全部抱え込めば、今度は不動産屋が持ちません。
重要なのは、どこまでが仲介・管理の仕事で、どこから先を居住支援法人や福祉へつなぐのかを整理することです。
単に契約を成立させるだけではなく、
「この人が1年後、2年後にも住み続けられるか」
までを考える。
それが居住支援の時代の不動産屋なのだと思います。
先ほど述べたように、日本の居住保障の強みは、住宅ストックの多さと、民間賃貸市場の厚さです。
弱みは、住宅があっても、それを必要な人へ適切な家賃でつなぐ仕組みが弱いことです。
だからこそ、これから必要なのは「公営住宅か、市場か」という二者択一ではありません。
公営住宅、家賃補助、民間賃貸住宅、居住支援を組み合わせることが必要になってきます。
その接点に不動産屋がいます。
部屋を紹介することは、ただ住所を決めることではありません。
住まいは、仕事を続け、福祉を受け、人間関係を築き、眠り、生活を立て直す場所です。
不動産屋は住宅市場の入口にいるわけですが、社会保障の入口にもいることにもなる。
そのような観点が今後は重要になってくるでしょう。
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